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zoom RSS 大日ダムー幻の金名線?(国道416号線)

<<   作成日時 : 2016/12/08 22:26   >>

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昨日、12月7日は24節気の「大雪(たいせつ)」にあたります、季節的には中冬でこの頃から雪が激しく降り始める頃となっています。
既に北海道や東北地方の一部では年内では記録的な大雪になっている所もあるようですが、雪国の石川県の平野部では未だ初雪を観測されていますん、それでもタイヤを冬タイヤにしたり、樹木の冬囲いをして雪に備えています。

今日の記事は秋が深まった11月4日に白山麓へドライブした時の様子を書きます。
いつもは加賀方面から大杉谷を通って峠越えをして大日ダム方向へ下って帰るコースを辿っているのですが、今日は反対に大日ダムを通って大杉谷方面に抜けるコースを辿ることにして出掛けました、雲は多い物の陽も射すドライブ日和で田園の中の道を快適に走り大日ダムに着きました。

ダムのゲートの上を通って対岸の道を峠方向に走るのですが、ダムは放水していていつもより湖面が下がっていました。
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山裾をダム湖に沿って道が延びています、しばらく進んだ所に東屋と小屋が立っていました、車から降りてみたら大きな自然石に「小原のふる里」と彫られていました。
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大日ダムを建設する時にダムの底に沈んだ小原集落の事は聞いたことが有りましたが、旧の小原集落の方々がふるさとを偲んで集落の高台に造った碑の様です。
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ダム湖の水位が下がって昔の集落の跡が見えました、段々畑の畦の様な仕切りや、住宅の跡の様なます目の平地と屋敷の周りの樹木の切り株などが見えます、深く掘れた流れは大日川の本流です。
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ほぼ同じ場所に満水時の画像です、手前の支流よりの導水管から放流されている水の位置でわかります。
(小松市のHPの「小松だよ! 全員集合!!」より画像をお借りしました)
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コンクリートの丸い枠は井戸の跡のようです。
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山側には小さな地蔵堂が有ってその横から綺麗な清水が流れていました。
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「湖底に故郷小原あり」の碑が昔の住人の連名で立派な石碑が建っていました。
ここで小原集落の事を調べたので紹介します、小原集落の歴史は古く、古老の言い伝えによれば、養老二(718)年には人が住み着いていたといわれています。
集落の起りは、源平合戦の頃に兵士の残党の伊藤孫左衛門、近藤甚右衛門の二氏が住み着き、その地形から小原の地名になったと伝えられています。
歴史ある集落も戦後の食糧難ため平野部の農業用水確保が主目的の「大日川ダム建設事業」という国営事業が実施され、やむなく、全町民212名が離村式を行い、それぞれが新天地を求めて小原集落を後にして旅立ち、閉村となったそうです。
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「分校のざわめき 夏の湖底より」 今は亡き竹下桃月氏の碑も立っていました。
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その後、ダム湖に沿って峠に向かいましたが、牛首峠に来た時に今日行こうと思っていた直進の大杉谷方面は土砂崩れの復旧工事の為に通行止めになっていました、横ぎる道は国道416号線ですが右に下ると小小屋鉱山方面に向かいますが、私は急遽予定を変更して左に曲がって国道416号線を登って行く方向に進みました。
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左に曲がってなだらかな登り勾配の道は舗装はされていますが両側から雑草やススキが蔽いかぶさって車がやっとすれ違えるほどの道が、時には鬱蒼と茂る杉林をぬけて先に伸びています。
途中で杉の伐採作業をしている所が有りましたが、対向車にも出逢いませんでした。
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道が分岐していて標識によると左が「花立町」右が「新保町」となっています。花立町方向は行ったことが無いのですが、既に廃村になっているそうです、新保町の方に進みました。
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新保町に着きましたが、この集落も廃村になった集落のようですが、一部の住民が家を建て直して季節の良い期間だけここにきて畑作や山菜とりをしているようで、おそらく雪が降って途中の道路が通行できなくなる頃には町に降りるのでしょう、集落には何軒か真新しい家が有りました。
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集落の裏手には大日川の清流が流れていました。
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集落の中心に新保町の鎮守の「新保神社」が有りました、廃村になった集落のようですが神社の立派な鳥居や石灯篭、のほか社殿は建てて間が無いような新しい神社でした。
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神社の入り口には「国道昇格記念碑」がたっていました。
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小松からここまでの道は昭和57年以前は小松・勝山・福井線の県道に指定されていました。

国道昇格記念碑の横に黒御影石の立派な碑が建っています。

碑文を要約すると
1982(昭和57)年に住民の長年の願いがかなって、国道416号として国道に昇格しました、偲べば明治29年以前より金名線(金沢と中京圏の名古屋と結ぶルート)として開通を成し遂げるのが先人の宿願でありました。
このたびの国道昇格の喜びを後世に伝え、全線整備促進を願いを込めて、宿題を達成して両県、市の発展に寄与する事を確信して碑文とします。

私はここより先にはいっていませんが、国道416号線は新保町の先で今でも建設中で石川・福井県境を挟んで工事が行われています、福井県側は平成30年の完成の予定ですが、石川県側の完成予定年度は不明である。

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新保神社の鳥居と右側に国道昇格記念碑、碑文が建っています。
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豪雪地帯なので鳥居や石灯篭は雪によって倒されないように鉄パイプで補強がされています。
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石段の上の社殿は最近建築されたようで真新しい白木の建物でした。
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社殿横の石の「明治御大典記念」の石は流れに穿たれた穴のあいた自然石でした。
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山奥の新保町が住人が、山を越えて隣の福井県を経由して中京圏に通じる道路を造るのが、長年の夢であったと思います、年月が流れて新保町も高齢化で廃村になり、現在では北陸自動車道が出来るなど、世の中の情勢が大変変ってきています、変わらないのはこの集落を取り巻く自然だけです。
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しばらく写真を撮ったり散歩をしたりして、来た時と同じ山道を下って帰りました、国道といっても林道の様な道です、所々に交差スペースが有りますが、狭いところでは車の交差もままならない道でした。
国道として貫通してもどれだけの交通量が有るのでしょうか、まして冬は通行できない可能性が有ります、正に幻の金名線です、時代が変わって石川から福井に抜ける道は他にも整備されたルートがいくつか出来ています。

御訪問ありがとうございます。












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コメント(8件)

内 容 ニックネーム/日時
雪深いダム湖の畔、昔は人が住んでいたのでしょうがダム湖に沈み昔の面影を残しているだけです。
群馬県もこれからダムが出来るとダム湖に沈む村も出てきますが多くの人がダムの完成を想定して上に移り住んでいます。
能登を訪問した時にスギよりもヒノキやアスナロの木を多く目にしましたがこのあたりもヒノキやアスナロを植えてあるのでしょうか?輪島地方独特の樹木なのでしょうか?
信徳
2016/12/09 09:31
信徳様へ
こんにちは、私が行った時は偶然にダム湖の水位が下がって湖底に沈んだ集落の跡を見る事になりました、ここを故郷としていた人達にとっては特別な感が有るでしょう、「分校のざわめき夏の湖底より」の碑はここに暮らした人が特別な思いで満水の水面を見ていたのでしょう。
白山麓には杉やヒノキは沢山造林されていますが、アスナロはあまり見かけません、能登地方に多いようです、石川県の県の木に指定されている樹木で、アテ(能登ヒバ)が有りますが、名前の通り能登地方に多く葉がアスナロに似ていて区別がつきにくいです、鮮魚をアテやヒバの葉の上に乗せておくと殺菌効果で傷みにくいという事で、鮮魚をさばいたものの下に敷いているようです。
go
2016/12/09 16:58
地図で見ると大日山の先は勝山、大野の方向なんですね、地図でも何もない山中、ダム湖の底にある昔の集落の跡、そこの集落があって人々が生活してたかと思うと・・そして離村の日があったんですね。以前にもコメントしたかもしれませんがgoさんとどこだったか?廃屋を見た時のことが記憶に残っています
幸村
2016/12/10 06:46
幸村様へ
大日ダムは石川県の福井に近い山の中にあります、手取川の支流の大日川をせき止めて造ったダムで、小松や加賀平野の水瓶です、どこのダムを造るときにもそこに昔から住んでいる人達の故郷を奪うことになります、今回はたまたま放水していて水位の少ない時に行ったので思いがけなく昔の故郷の跡を目にしました、ここに住んでいた人が見たら複雑な気持になるでしょうね。
昔、2人でダムの為に廃村になった住居跡を見た場所は、富山県の福光町から五箇山に抜ける所にあります「刀利(とうり)ダム」の近くでした、刀利ダムを造る時も刀利の3集落が水没しています、福光町や福野町などの砺波平野の水利の為に犠牲になった集落です。
go
2016/12/10 11:23
こんにちは〜(^^)

そして 「初めまして!」と申したら怒られてしまうかも知れませんネ(笑)
イータンブログへ気持玉頂いていたのですよね。
いつもありがとうございます。
挨拶が遅くなって失礼いたしました。

goさんのブログ拝見させて貰い、感激しました
日本の原風景の素晴らしさと共に、忘れかけた自身の心 洗われる思いに浸りました。
お世辞ではなく本当の気持ちです。

ダム建設で失われてしまった数々の家を思うと悲しい気持になりますが、自然に対応する為には仕方のないことでしょうか。
いろいろ考えさせられます。
これからもよろしくお願いします。
イータン
2016/12/12 12:48
イータン様へ
拙い私の記事にコメントと沢山の気持玉を頂きましてありがとうございます。
イータンさんのようにはば広いジャンルの記事が書けレばよいのですが、現役を退いて久しい老人が余暇を利用して出掛けたことや、いにしえの思い出を気の向くままに綴った記事なのでお見苦しいと思いますがこれからも宜しくお願いします。
最新記事のダムに沈んだ集落はダム湖の水位が下がっていたので偶然に目に入りました、この季節に訪れる人もなく静まりかえった晩秋の湖底に昔ここで沢山の人が生まれ、生活をしていた故郷の跡を見た時に心を打つものが有りました、移りゆく世の流れの中で犠牲になった人達の事を思うと心にジンとくるものが有りました。
北陸はこれから厳しい冬の季節に入りますので、しばらくは好きな山手へのドライブにも出掛けられませんので、記事の更新が遅れがちになりますが、これからも宜しくお願いします。

go
2016/12/12 16:55
また奥深いところまで@@
そういえば、大倉岳スキー場や尾小屋の向こうにしばらく行っていなかったなあ、思いながら風景をついつい見入ってしまいました。これから、雪が降ると行けないですが、また春か夏になったら、行ってみたいですねえ。
木々に囲まれた道や、ふと現れる建物やお宮さんは、呼び寄せてくれてる感じを与えられます。
つとつと
2016/12/14 09:48
つとつと様へ
リタイヤして毎日が日曜日の私には、季節が良い時は当てもなくブラーとドライブに出掛けています、この日も大日から大杉谷へ抜けてくる予定で出掛けたのですが、牛首峠で大杉谷方向が通行止めだったので、かねてから一度は行って観たかった新保町に行ってきました。
新保末は廃村同様で寂しい集落でしたが、神社は旧の住民が御世話をしているらしく立派な物でした、旧村人の念願だった県境を越えて福井勝山まで道をあけるという夢を実現に近付けたのは国道昇格だったと思います、昭和57(1982)年の事でしたので、それから34年の月日が流れ、現在でも石川県側の県境までの工事の見通しが立っていない現状を見ると息の長い話です、その頃から世の中も変わって福井へ抜ける谷峠ルートや山中、我谷ルートなど整備されていますので、ここを通す意義も薄れてきているように思います。
何の予定もなく山奥まで行きましたが、現状を知ることによって、家にいるよりは多少の社会勉強になったと自負している次第です。


go
2016/12/15 08:11

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