田井菅原神社と加賀藩献上の鏡餅

先週の初めから北陸地方も強い季節風が吹きつける荒れた天気でした、19日{金)は久方ぶりの穏やかなお天気で、時折青空がのぞく好天でした。
正月がまじかに迫るこの時期に、毎年テレビで見ている加賀藩に献上された鏡餅が復元されて飾られている田井菅原神社に行って来ました。
兼六園下の交差点を通って約2kmほど行った駐車場に車を停めて、城下町特有の入り組んだ細い道を行くと住宅街の間に鳥居が見えまし、田井菅原神社の赤い旗が建っていてわかりました。

この神社の由緒
菅原道真公が太宰府へ左遷される途中、河内の国の道明寺の叔母を訪ねてお別れの挨拶にうかがった際、旧知の田邉左衛門に自画像を授けられました。
以来、田邉家では家宝として大切に守り伝え、その後当家は越前(福井県)に居をかまえましたが、天正期(1572~92)に、この神社の場所の近くの田井城に拠った一向一揆の将、松田次郎左衛門と米泉村の郷士、洲崎兵庫と土地の境界線で争いになって、田邉家は同族の松田次郎左衛門に加担して参戦、以来この地にとどまる事になりました。
その後、田邉喜兵衛の代に、加賀藩の前田利常公より十村役(代官、大庄屋)命ぜられ代代その職を継ぎ、先祖伝来の菅原道真公の自画像を邸内社に祀り、近隣の人々も田井郷の鎮守の神様として大変尊ばれていました。
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神社の前には近くの住人や訪れる人の影はなく静まり返っていました、鳥居から神社に入る通路は雪がきれいによけられていました、通路を進むと手水舎があり、龍の口から水が流れていました。
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手水舎を過ぎると通路は鉤の手に左に曲がってその先に拝殿の入り口が左に見えました、拝殿はガラスのフードで囲まれていますが中の様子はよく見えました、中に人の気配を感じませんでしたが、入り口の引き戸を開けて拝殿に入りました。
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拝殿に入って、お賽銭を納めてから鈴を鳴らして参拝しました、拝殿は想像に反して意外にせまく、正面のガラス越しに本殿が見えました、右手には当家の田邉次郎吉が加賀藩に献上したと伝えられる鏡餅が古文書に則り再現されていました、平成9年から12月の中ごろに初詣客を迎える準備として飾り付けているようです。
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当家が所蔵されている古文書に、享和2(1802)年、加賀藩第12代藩主前田斉広(なりなが)公の封襲後初のお国入りによる新春の献上鏡餅の事が記されたものがあります。
鏡餅は三点セットになっていて、真中は床飾り(とこかざり)餅、向かって右側は、松の蓬莱(ほうらい)飾り、左側は櫓(やぐら)餅で、全部で大小52個の紅白の餅が使用されています。
再現するには約2石2斗7升(約340キログラム)のお米が必要とされ、米俵に例えますと、5俵半になります。
現在は、諸々の諸事情から蝋を溶かして作った物で再現しています。

鏡餅は全国的には上下白が一般的ですが、金沢を中心としたこの地方では紅が上、白が下の紅白の鏡餅を飾ります。
田邉家の古文書によると白が上となっています、元々は白が上だったものが、いつからか現在の紅が上に変わったのか諸説があって分かりませんが、再現鏡餅は古文書通りに白が上で再現されています。
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なお、鏡餅の上に乗せるものとして記されているものは
俵藻(たわらも)、橙(だいだい)、砂金(さきん)、熨斗(のし)、昆布(こんぶ)、串柿(くしがき)、ゆずり葉、うらじろとなっていますが伊勢海老が見えます。(写真ピンボケでごめんなさい)
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境内には芭蕉の句碑があります。
「風流の はじめや奥の 田植唄」
芭蕉は元禄2(1689)年に、奥の細道の旅に出ており、同年7月に金沢に立ち寄っているため、、金沢の地に芭蕉の句碑が幾つか見られます。
田井菅原神社の句碑は、側面に明治21年3月下旬建立と刻んであり、したがって最初から此の地に置かれたものではなく、当年に奉納という形で移されたと伝えられています。
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拝殿の横にしめ縄が巻かれた御神木があります、田邉家が加賀藩の十村役の時代に屋敷の表玄関にあった椎の木で、根元に大きなコブが着いた変わった形をしています。
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現在の田井菅原神社は住宅街の中にあります、藩政期には十村役の屋敷であった庭園内に明治時代に田井郷の人々によって神社が建てられました。
初めて訪れるので場所が分からず、遠くから高い屋根の神社が見えないか辺りを探していました、ところが田井菅原神社の建物は一般の町屋の様な建物で、鳥居や旗が無かったら解らない様な場所でした。

あと一週間ほどで各家庭でもお正月を迎える準備として、鏡餅を飾られると思いますが、一足先に加賀藩に献上された鏡餅を再現したものを見てきました、あんなに立派な鏡餅を御城のどこに、どのように飾られたのでしょう、想像するのも楽しいです。
(この記事を書くにあたり、石川県神社庁と田井菅原神社の文献を参考にさせて頂きました)

ご訪問ありがとうございました。





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この記事へのコメント

2014年12月24日 21:28
メリークリスマス、340キロもの米で作った鏡餅、ふとそんなに大きいの「鏡開き」の時、何人前だろうと食べるほうに想像してしまいました、蝋で作ったものだったんですね、子供のころ「暮れの二十七、八日頃」大人たちが朝早くからセイロで蒸して何臼も・・・餅つきして翌日切って正月準備していましたね。家じゅうであんころ餅や のしている光景が目に浮かびます。今は臼でついているのはイベントぐらいで、正月準備も商店は元旦から営業しているところもあり正月も平日と変わらなくなりましたね。我が家も今年も袋入りの切り餅です
2014年12月25日 10:28
幸村様へ おはようございます、
加賀藩のお殿様となると凄い鏡餅を飾るものだと思いました、立派な御城に飾るのですからあれくらいないとつり合いが取れないうのでしょうかね。 今の飽食の時代とは違ってあの頃の正月はそんなに色々な食べ物もなく、お餅を食べられるのが唯一の楽しみでしたね、庭にかまどを据えて薪の煙とセイロからあがる湯気が瞼に浮かびます。
各家が何臼ついたか自慢していました、今では他に食べるものが沢山あってスーパーで切りもちを買ってきて元旦にお雑煮を食べるだけです、鏡餅のお下がりが冷凍庫で夏まで残っています。
来年も、よいお年をお迎えください。
2014年12月25日 15:47
こんにちは!
ご無沙汰しています。
今日は寒波の第3波になりますか午後から急に寒い風が吹き出しています。
そちらはまた雪が降っているのでしょう。
大きな鏡餅に驚きです。こんな大きな鏡餅は初めてです。上に飾る伊勢海老も特別大きなもので無いとつり合いがとれません。オレンジも大きいようですね。
歴史ある街でしか見られない光景です。
2014年12月25日 17:17
信徳様へ
こんにちは、こちらこそご無沙汰しています。
県外の人に電話すると金沢は雪が沢山降っているのでしょう、といわれますが、金沢は今年は雪が少なく一度20㎝ぐらい降っただけで、今日も雪が舞っていますが積雪はゼロです、海が近いので風が強くて雪は白山の山の方に飛んで行って沢山積もっているようです。
加賀藩の献上鏡餅は流石に大きくて貫録がありますね、百万石の御城に飾るのにはこれ位ないとつり合いが取れないのでしょうね。
信州もそうですが鏡餅は白いものだと思っていましたら、金沢に来たら紅白の鏡餅で驚きました、今日もスーパーに買い物に行ったら紅白の鏡餅が沢山並んでいました。
2014年12月26日 23:18
こんばんは
こんな色合いの鏡餅が加賀にあるとは初耳です。勉強になります。さすがに格式ある加賀藩という感じですね。芭蕉が立ちよられたとのこと、こちらには、芭蕉が奥の細道に出発したとされる「芭蕉庵」があります。何かの縁ですね。
2014年12月27日 12:09
ミックン様へ
こんにちは、コメントを下さってありがとうございます。
田井菅原神社の加賀藩へ献上された鏡餅の再建したものを見て、加賀百万石の御城に飾るにふさわしい立派な鏡餅の姿に驚きました。
記事にも書きましたが、金沢は紅白の鏡餅を飾ることが主流です、お店にはごく少数ですが二段とも白の鏡餅も並んでいますが、圧倒的に紅白の鏡餅が多く並んでいます。
私も此の地に来た時は驚きましたが、「郷に入れば郷に従え」で、それから現在までも紅白の鏡餅が我が家のスタンダードになっています。
そうですね芭蕉が奥の細道に出発されるまで暮らしていた芭蕉庵がそちらに残っているのですね、奥の細道の道中は北陸を通っていますので、富山、石川、福井にも句碑や言い伝えが沢山残っています。
2014年12月30日 18:48
よくもまあ、あの解り難く入り難い神社をご存知とは恐れ入りました^^;
僕は紅白の鏡餅が昔から当たり前と思っていましたが、他県に行っても見かけず、嫁さんにはこんなのはここだけだと云われる始末。それでも地元に戻ったら、しっかり我が家も紅白がスタンダードになっています。
昔、家で餅を突いていたんですが、食紅を入れて餅を打っていましたが、鏡餅だけでは足りないのでかき餅も一緒に突いてました。。今はすっかり市販の餅になっちゃいましたが、一大イベントで楽しかったなあ^^
今年も残りわずかですが、来年もよろしくお付き合いください^^
2014年12月31日 14:56
つとつと様へ
こんにちは、今年もあと10時間ほどで過ぎようとしています、今年一年つとつとさんのblogを読ませて頂いて郷土の歴史を沢山知ることが出来ました、とはいってもほんのカジッタ程度ですが。
田井菅原神社は昔は十村役の屋敷ですぐに分かったでしょうが、今では住宅街の中にあるので分かりずらかったです、地図を見ていったのでその方角を目指していっても、城下町特有の曲がった小路はいつしか違う方向に進んでしまうので、やっと探し当てました。
私は加賀藩への献上鏡餅が見たかったのですが、神社の由緒書きを見ていると、田井神社の田邉左衛門と田井城(現在の医療センターのあたり)の一向一揆の将、松田次郎左衛門が関わってきたり、さらに調べると米泉村の洲崎兵庫との争いや、松田次郎左衛門の暗殺のことなどが出てきて、そうなるとつとつとさんのジャンルになると思いました。
この時代は一向宗の将や郷士の歴史が有るようですね、折を見て記事にしてください。
今年一年、有難うございます。
こんばんは♪
2014年12月31日 20:40
今年も一年仲良くしてくださってありがとうございました。
いつも気にかけて頂き本当に嬉しく思います。

この場所は訪れた事がないので
またいつか訪ねてみたいと思います。

体調に気をつけられて
良いお年をお迎えくださいますように。
2014年12月31日 21:16
ぷるるん様へ
ご無沙汰しております、その後お変りなくお過ごしでしょうか、ぷるるんさんのblogを楽しみに拝見しておりましたが、手の痛みは回復したでしょうか。
富山の情報やご旅行で見た事をを色々と聞かせて頂いて、今でも記憶に残っています、新しい年には無理のない程度に近況を聞かせて下さい。
ご家族やお孫さんがお揃いになって、よい年をお迎えください。

2015年01月11日 00:25
遅くなりましたが、新年のご挨拶を申し上げます。
芭蕉も金沢が好きで長逗留したそうですね。昨年BSで再放送された「日めくり奥の細道」に、コブのある椎の木が出ていたような気がするのですが…記憶違いだったでしょうか。山中温泉の回だけはよく覚えているのですが 
ほんとにgoさんを見習って、きちんと書かなければいけません。今年もよろしくお願いいたします。
2015年01月11日 15:31
メロン様へ
新年明けましておめでとうございます。
いつもメロンさんの素敵な記事を楽しみに読ませて頂いています、今年は北陸で芭蕉のゆかりの場所を巡ってみたいと思っています、今年も宜しくお願いします。